ピアニスト、ピアノ教師、のプロフィール。(始めるきっかけ編)
2010年 07月 22日
山形市内の慈光寺幼稚園のクラスにアップライトピアノがあり、
みんなが楽しそうに「ねこふんじゃった」などを遊んで弾いているところを
遠くから眺める毎日がしばらく続いた転入園児でした。
山形市内に来るまでは、新庄市に住んでおり、アパートのお姉さんや、
同年代の女の子一人しか知ってる人はいなかったので、
山形市に来た当初は、かなりの園児に囲まれて、人見知り状態だったと思います。
(今でも、3人以上のメンバーでの会話は苦手です。(^^ゞ2人だと割りと話せるんだけど、
それ以上になると、どういうスタンスを取ったらいいか、わからなくなってしまいます。(^^♪)
話は逸れましたが、ある日、一人の園児(大津知美さん)…のちに山形北高音楽科受験で
偶然の再会をするのですが…、に、声をかけてもらいました。それが僕の音楽人生の始まりです。
「こっち来て、みんなと一緒にピアノ弾いてみない!?弾いてみようよ!!絶対楽しいから。」
その子に連れてかれて、ピアノを目の前にしました。みんな、優しく、親切に「ねこふんじゃった」を
一生懸命僕に教えてくれました。当時(今でもたぶんそうだと思いますが、「誰が一番「ねこふんじゃった」を
速く弾けるか、同時にスタートして1位を競う」というのが流行っていました。(笑)。
教えてもらったばっかりの頃は、ビリでしたが、どんどん速くなって(爆)、とうとう一番速くなってしまいました。
(笑)。
そんな頃、山形市内にあった当時のデパート松坂屋(昔、丸久といいました。)に、僕の母親と弟と
おじいさんの3人で買い物に出かけた時、いつも、おもちゃ売り場のおもちゃの小さいグランドピアノで
遊んでいました。
おじいさん「買ってけだらいいんねがぁ!?(ピアノを)」{買ってあげたらいいんじゃないの!?}
母 「まだいつもみだいにすぐあぎっべ!?(ピアノも)」{また、いつもみたいにすぐ飽きちゃうんうじゃな
い!?}
そんなやりとりが、何度か繰り返されましたが、いつもいつも、必ずおもちゃ売り場に行くと、
その「おもちゃのグランドピアノ」を弾いていたので、結局、ある日、その「おもちゃのピアノ」は
家に買って帰ることになりました。
親や故おじいさん曰く、他のおもちゃは買うと1週間もするとすぐ飽きてしまうのに、そのピアノは
ずーっと弾いていたそうです。
そのうち、親や幼稚園の先生のやりとりで、試しに、慈光寺幼稚園の付属のオルガン教室に通い始めました。
団体レッスンでしたが、家にある「おもちゃのピアノ」で復習ができたので(笑)、置いていかれることなく、
順調に「楽譜の読み方」や「指の動かし方」などをマスターして(そんなおおげさなもんじゃないですが)(笑)、
いきました。置いていかれたり、わからなくなって困ったりしなかったので、楽しく続けられたんだと思います。
幼稚園も卒園して、小学校に上がるとき、また引っ越す(今度は山形市内で)ことになり、
今までの友達ともお別れになって、新しい街で、ピアノの先生を探すことになります。
以下、(小学生編)に続きます。
